北区赤羽にあるモーツァルト・サロンで、14年5ヶ月にわたって開催されてきた「モーツァルト・サロン コンサートシリーズ」。
その歴史が、2025年2月の公演をもって幕を閉じることになりました。
最終回を前に、これまでの歩みや思い出を、一般社団法人 国際育英文化協会の伊藤美保子代表理事に振り返っていただきました。
モーツァルト・サロンについて

北区赤羽に位置するモーツァルト・サロン。
その特徴について伊藤さんは、大きく2点挙げてくれました。
奏者の息遣いまで感じられる空間
サロンのような小規模な会場だからこそ、奏者と観客の距離が近く、音の一体感が生まれるといいます。
「ピアノ・リサイタル、ヴァイオリン・リサイタルなどは、会場のレイアウトをピアノを囲むスタイルにしており、お客様と奏者の距離がかなり近いのです。
息遣いがよく感じられ、お客様も一緒に呼吸をするようになると、音楽を通して一体感が生まれます。
音楽は作曲家、演奏者、聴衆が一緒に作るものだということがよく感じられ、それこそが生の音楽を聴く醍醐味だと思うのです。」
雰囲気やサービス作りが自慢

モーツァルト・サロンは、音楽ホールのような残響や防音に特化していない一方で、雰囲気やサービス作りにこだわってきたそうです。
「例えば、壁に絵を沢山飾ったり、椅子とカーテンをサロン風にすることで雰囲気を出しました。
また、15分間の休憩時間には無料でコーヒー・紅茶・麦茶のサービスを行い、スタッフとお客様が触れ合う機会になっております。
終演後は、お客様と演奏者が直接コミュニケーションを取れる機会を設けておりますので、サロンで弾くと新しいファンが増えて行きます。」
コンサートシリーズの歴史と思い出
若手音楽家のためのシリーズ
2010年9月にスタートした「モーツァルト・サロン コンサートシリーズ」。きっかけは、ピティナ専務理事の福田成康氏の提案でした。
「若手音楽家の発表の場として活用してほしい」という想いから、当時注目されていた新人ピアニスト原田絵里香氏と、ドイツ留学中のヴァイオリニスト永井公美子氏が紹介され、シリーズが始まりました。
当時のことを振り返り、伊藤さんはこう語ります。
「シリーズを始めるに当たり、演奏を批評するのではなく、スポーツで言うと《ホーム》になるような温かな気持ちで迎え、会場が一つになって共にコンサートを作り上げ、音楽を楽しむということを理想として掲げました。」
実際のプログラムを見ると、演奏者自身が弾きたい曲を選ぶことを優先し、リサイタルの練習の場としても提供されていたことが分かります。奏者の目線に立った柔軟な姿勢が、シリーズの魅力となっていました。
印象深いコンサート
14年5ヶ月にわたり続いたコンサートの中で、特に印象に残った公演やエピソードを伺うと、伊藤さんは思い出を次々と語ってくれました。
「第1回目のコンサートは忘れることができません。土砂降りの雨の中、途中で雷もなりましたが、大変熱い演奏で熱気溢れる感動的なコンサートになり感激しました。」
「このコンサートは、東日本大震災からわずか1カ月後でした。矢島さんはこのような時にピアノを弾いてよいのだろうかと悩んだそうですが、私はこのような時だからこそ音楽が必要だと考え、開催に踏み切りました。
当日の出演料を、矢島さんは大震災への寄付金といたしました。また、蛇足ですが、当社団でも寄付をいたしました。」
「当サロンのレギュラーヴァイオリニストとして活躍した永井さんと、今では音楽界では知らない人はいないという人気実力共に抜きんでている佐藤さんがウィーン留学中に夏休みで帰国した時のコンサートですが、瑞々しくもお客様を圧倒するものになりました。」
「この企画は2014年にも行いましたが、この年はサロン縁のピアニスト・魚谷絵奈さんを紹介いたしました。以降今でも魚谷さんは東京混声合唱団と多数共演されています。」

- 2016年:ピアノ三重奏によるクリスマスコンサートを開催(滝千春Vn、横坂源Vc、魚谷絵奈p)
- 「クリスマスソングでピアノ三重奏用の楽譜の良いものがないということを聞き、私の知り合いの作曲家・柿沼唯氏に『チャイコフスキー:花のワルツ』と『クリスマスメドレー』の編曲を委嘱しました。プロの演奏家を対象にした難曲ですが、とても華やかな名曲に仕上がりました。」
- 2017年:『プロの演奏者に贈るクリスマスのピアノ三重奏曲』の楽譜を刊行。
- 2018年:『ピアノ三重奏によるモーツァルト・サロンのクリスマス』のCDを発売(上敷領藍子Vn、三井静Vc、佐藤卓史p)
「ピアニストのゴウさんがドイツに留学中に知り合ったドイツ人のメゾソプラノ歌手のキンバリーさんとのリサイタルは特にレベルが高く、お客様は満足されていました。
この企画はレコ-ディングの練習として依頼されましたが、出来上がったものは素晴らしい出来栄えでした。
『シューベルト&メンデルスゾーン歌曲集』はレコード芸術誌『準特選盤』として、2018年7月号に紹介されました。素晴らしいCD制作のお手伝いができてとても光栄でした。
尚、キンバリーさんはその年の9月からドイツのシュトゥットガルト国立歌劇場でソリストとして活動を始めました。」

「久々の若手実力派ピアニストの登場で一気に活気づいたコンサートシリーズでした。
とても美しい音色で情熱と歌心がたっぷりで大変な人気の北村さんは2024年にも出演していただき、大好評を博しました。
もっともっと出演の機会を与えたかったのですが、残念です。」
最終回の見どころと思い
東京混声合唱団を迎えてのコンサート
2025年2月にいよいよ迎えるシリーズ最終回についても、お話を伺いました。
最終回では、伊藤さんがかつてソプラノ歌手として在団し、多くのことを学んだ東京混声合唱団を迎えます。
「東京混声合唱団をお呼びするのは、心から自信を持ってお客様におすすめできるからです。そして、最後は特に明るく華やかに締めくくりたいという思いを込めました。
プログラムは、混声合唱、女声合唱、アカペラとさまざまなスタイルの演奏に加え、古楽から現代音楽、さらにはアニメソングまで幅広いジャンルの楽曲を揃えています。
音楽の歴史を辿る旅のような内容で、クラシックに馴染みのない方でもお楽しみいただける構成になっています。」
最終回を迎えるにあたって
最終回を目前に控えた心境について、伊藤さんはこう語ります。
「このシリーズには近隣にお住まいのご高齢の方も多くお越しくださいました。
例えば、『サントリーホールなどの遠いところのホールにいくのが難しくなったのですが、ここは近いから嬉しいです』と仰って、毎回足を運んでくださったご夫妻がいらっしゃいました。後にご主人が亡くなられ、奥様も体調を崩されてご来場いただけなくなってしまいました。 このようにお年を召されてお顔を見ることができなくなった方々が何人もいらっしゃいますが、時々思い出すと切ない気持ちになります。
また、音楽教室の生徒さんたちにもコンサートを体験してもらう機会を提供し、音楽の楽しさを共有する場を作れたことも思い出深いです。 最後まで無事に事故なく終えたいと願っています。
主催者として、地震や火災が起きたらどうするか、常に準備を怠りませんでしたので、無事に最終回を迎えようとしていることに少し安堵しています。
しかし、それ以上に寂しさが募る日々を過ごしています。
それでも、音楽はいつも私たちに幸せを届けてくれました!!!」
今後については、月に1回、プロ・アマを問わずピアノを弾く「ピアノ弾き合い会」の開催やピアノ教室の継続を予定しているとのこと。
また、プロの演奏者向けにサロンをコンサートやリハーサルで利用してもらうため、貸し出しも検討しているそうです。
最後に、長年シリーズを支えてきた聴衆や関係者への感謝の言葉をいただきました。
「お忙しい中ご来場いただいたお客様には、心から感謝しています。
また、いつも全力で演奏してくださった演奏者の方々、そのご家族の皆様、社団を陰で支えてくださったスタッフの皆さんなど、多くの方々に感謝の気持ちを伝えたいです。本当にありがとうございました。」
公演情報
※本公演は終了しました。
東京混声合唱団のメンバーによるファイナルコンサート
14年5カ月の感謝の気持ちを込めて贈る豪華なひととき

◆日時:2025年2月23日(日) 14:00開演
◆会場:モーツァルト・サロン赤羽
◆出演:東京混声合唱団(大沢結衣、松崎ささら(以上S)、志村美土里、小林音葉(以上A)、尾崎修、平野太一朗(以上T)、佐々木武彦、牧山亮(以上Bs))、魚谷絵奈(p)
◆プログラム:
- ヘンデル:ハレルヤコーラス
- バッハ:主よ、人の望みの喜びよ
- ジャヌカン:鳥の歌
- チマッティ神父:アヴェ・マリア
- モーツァルト:レジナ・チェリ
- 日本古謡(武満徹編):さくら
- 武満徹(林光編):死んだ男の残したものは
- 団伊玖磨:花の街
- 中田章(林光編):早春賦
- 久石譲(若林千春編):となりのトトロ
- 木村弓(若林千春編):いつでも何度でも
- 久石譲(富澤裕編):君をのせて
- 杉本竜一(橋本祥路編):ビリーブ
- 坂本浩美(松井隆夫編):旅立ちの日に
- J.シュトラウスII:美しく青きドナウ